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京都地方裁判所峰山支部 事件番号不詳 判決

主文

被告人を懲役壱年六月に処する。

但し参年間右刑の執行を猶予する。

判示第一の各保険申込書中、判示の偽造部分は、いずれも之を没収する。

訴訟費用の内、証人飯室明治郎、同瀬戸修三、同水田亀寿、同西山茂右衛門に支給した分を除く其の他の費用は、全部被告人の負担とする。

本件公訴事実の内、被告人が(一)昭和二十五年一月三十一日京都府熊野郡川上村須田郵便局において、瀬田一成名義の簡易保険申込書一通を偽造したとの点(二)同年八月九日頃肩書の自宅において、西山茂右衛門、飯室明治郎作成の嘆願書二通を壇に変造又は偽造したとの点は、いづれも無罪。

理由

被告人は大正十四年六月十九日京都府熊野郡川上村郵便局長を拝命し、爾来同局において、局長として同局事務員を監督し、為替、貯金、簡易保険の募集、金銭の出納保管等の業務に従事していたものであるが、

第一、架空人の名義を用いて偽造の保険申込書を作成行使して、同局に割当てられた簡易保険募集額の割当責務の達成を装はんことを企て、別表第一記載の各年月日頃、いづれも右郵便局において、インクを用い行使の目的をもつて、各保険申込用紙に同表記載の各契約者の署名を冒用し、同表記載の各保険金額、被保険者、保険金受取人、払込場所等保険契約者において記入すべき必要事項を壇に記入し、各保険契約者被保険者の名下に、同局にあつた三文判又は借受判を冒捺し、もつていづれも架空人である同表記載の今立正三外四名名義の右保険申込書合計九通を夫々偽造した上、同年四月上旬頃情を知らない事務員安達栄子に命じて、右各申込書を真正に成立した文書として京都地方簡易保険局に一括して送付し、其の頃同局に到達受理させて之を行使し

第二、別表第二記載の瀬田一成外二十八名名義の保険申込書七十一件は、被告人自身(前認定の分)又は女事務員野村久子が偽造した架造人名義の申込書であつて無効のものであるから、之に対し保険の募集手当は一切支給できないものであるに拘らず、其の事実を知悉しながら局長としての職権を利用し、右の保険募集に対する手当金の支給に名を籍り、当時情交関係のあつた右野村久子に手当金に相当する金額を領得させる目的で、同郵便局に於て、其の業務上保管に係る国庫の収納金中から右野村久子に対し

(一)  昭和二十五年二月十二日金三千百八十一円

(二)  同年三月十二日金九千八百二十六円

(三)  同年四月八日金三万四千三百六十二円五十銭

(四)  同年五月八日金一万五千八百五十六円五十銭

をいづれも保険募集手当金名義のもとに支給し、以つて業務上保管中の公金を不正に処分して各横領

たものである。

(証拠説明省略)

被告人は判示各保険申込は、当時同局の女事務員であつた野村久子が勧誘したもので、同人はその親戚に岡田惣一とて、丹後、但馬一円にわたり手広く牛馬商を商んでいるものがあり、同人の紹介により勧誘したと申していたので自分は野村久子の其の言を信じ、或は判示第一の如く申込書の代筆をなし、或は判示第二の如く其の募集に対する手当を支給したもので、申込者が架空人であることは全然知らなかつた旨供述しているけれども、被告人の右供述は前顕証拠により認められる(一)被告人と野村久子との当時の交際関係(二)本件の申込書が昭和二十五年一月三十一日から同年四月二十八日までの間僅か三ケ月間に保険金総額三百五十二万五千円保険料総額四万七千七百九十円の異常な高額に上り、しかも同一の契約者が一口五万円のものを数口加入し其の申込書全部が保険約款に反して契約者の作成したものでなかつた点(三)右申込書記載の川上村在住の契約者がいづれも川上村に居住していない者であることを被告人において承知していた点(四)契約者の住所は真実の居住地を記載すべきであつて事実に反して川上村とする必要の認められない点(五)本件申込書中判示第一以外の分についても被告人の筆蹟になるものが多数存し又申込書裏面の摘要欄の如きは瀬田一成の分を除き殆ど被告人の筆蹟と認められる点(六)被告人において第一回保険料の一部を支弁している点等、本件に顕れた諸般の事実事情に照し到底信を措き難いところであり、被告人が以上のような事実関係のもとにあつて、猶架空契約であることに気附かず、野村久子の言うがままに唯々諾々として代筆し又募集手当を支給したというが如きことは、吾人経験則上も首肯しがたいところであるから、被告人の上記弁解は採用できない。

次に弁護人は、判示第一の架空人名義の私文書偽造は罪とならない旨主張しているから、此の点について判断する。我が国従来の大審院判例(例えば明治四十五年二月一日刑二部判決録十八号七七頁、昭和十年七月二十二日刑四部法律新聞第三九〇二号)が、私文書偽造罪が成立する為には其の名義が冒用せられた者が現実存在する人なることを要するとの見解をとつていたことは、弁護人所論のとおりである。ところで弁護人は、昭和二十四年四月十四日最高裁第一小法廷の判決(判例集三巻四号五四一頁)は昭和二十三年十月二十六日最高裁第三小法廷の判決(判例集二巻二号一四〇九頁)と同様、法人発行名義の私文書は其の機関として表示してある自然人が架空の人であつても、法人が実在する以上私文書偽造罪が成立することを示したものであつて、架空人名義の私文書偽造を否定する従来の判例の立場を維持したものであるとの見解を主張しているのであるが、右の昭和二十四年第一小法廷の判決は果して其の趣旨の判決であろうか、宮内助教授(京大)は其の判例批評(刑法雑誌第一巻第一号)において、右判決は従来の形式主義を放棄し、名義人が架空人であつても、当該文書の形式及び内容が普通一般の人をして真正な文書と誤認せしめる可能性があれば、それは文書の真正に対する公の信頼性を害する危険があると云えるから、文書偽造であると判断したものであると評釈せられている程で、判示の内容を仔細に検討するとき必ずしも弁護人所論の如く解釈しなければならないものではない。成る程右判決は、久保田義明なる者の作成した米軍第一騎兵師団庶務課長ジー・エム・ホワイトなる架空人名義の木炭輸送書を目して、米軍第一騎兵師団発行名義の文書と認むべきことを判示し、其の理由の一として米軍第一騎兵師団が日本に実在せるものであることは顕著であることを掲げているけれども、右判決が右文書を米軍第一騎兵師団発行名義の文書と認めた理由は、判文にある通り「文書偽造罪は文書の真正に対する公の信頼性を害する危険がある場合に成立するもので、本件文書の形式及び内容は普通一般の人をして米軍第一騎兵師団発行の真正文書と誤認せしめる可能性があり、文書の真正に対する公の信頼性を害する危険があること」にあるのであつて、米軍第一騎兵師団が日本に実在する旨の説明は普通一般の人をして右の如く誤認せしめる可能性を理由づける為になされたものと解せられる。若し右判決の趣旨とするところが弁護人の主張する通りであるとすれば、簡潔に「実在する米軍第一騎兵師団発行名義の文書を偽造したものであつて架空人名義の文書を偽造したものではない」と判示せられるであろうし又庶務課長とある代表資格の表示についての説明であれば、右文書には「第一騎兵師団庶務課長ジー・エム・ホワイト司令官の命により作成する」と表示せられてあつたのであるから其の表示が普通一般の人をして正当な、代表資格に基く文書と誤認せしめるに足るかどうか、について説かれたであろうと推測される。之を要するに右判決の示す私文書偽造罪についての法理は「文書偽造罪は法律上関係のある事実について文書の真正に対する公の信頼性を害する危険がある場合に成立するもので、文書の形式及び内容が普通一般の人をして真正な文書と誤認せしめる可能性があればそれは文書の真正に対する公の信頼性を害する危険があり、私文書偽造罪を構成する」と謂うにあるものと解すべきであるから、表示せられた作成名義人が実在するかどうかということは、普通一般の人をして真正な文書と誤認せしめる可能性(相当性)があるかどうかを判断する一つの資料となり得るに止まり、其の実在を犯罪成立の必須の要件とするものでないと結論しなければならない。蓋し文書に表示せられた名義人が実在するか否かは容易に知り得ない場合も多いのであるから名義人が実在しない限り普通一般の人が真正な文書と誤認する可能性がないとは言えないし又名義人が実在しない限り公の信頼を保護する必要(利益)がないとも謂えない。更に又架空人名義の文書は法文に所謂他人の文書でないと謂うような形式的な解釈は許さるべきでないことは、文書偽造罪が文書の真正に対する公の信頼性を保護するものであつて、偽られた作成名義人を保護するものでないところから観て当然の理と謂はなければならないからである。飜つて本件の簡易生命保険申込書について観るに、文書の形式及び内容は実在者の保険申込書と何等異るところはない。そして架空人について保険の申込を為すが如きことは通常あり得ない事柄であるから、形式内容を備えた保険申込書が存在する以上、実在人についての真正な申込書と見ることは普通一般であるから、真正の文書と誤認せしめる可能性は十分に存するものと謂はなければならない。もつとも本件の如き保険申込書にあつては其の対手方は特定の郵便官署又は保険官署に限られるわけであるけれども、これ等官署の保険申込書についての信頼性を保護のらち外に置くべき理由は到底発見することができない。否寧ろ、官公署に提出し又は官公署において保管する文書(旧刑法に所謂官文書)は、一般的に公信性が強いと観念せられているし又官公署は其の提出保管の私文書を基本として重要な公文書(本件について言えば保険証券)を発行する(場合が多い)のであるから、それ自体公信性を保護すべき顕著な理由であると謂はなければならない。故に少くとも本件の如き官公署に提出する文書にあつては其の作成名義人が実在しない架空の人物であつたとしても其の文書の形式及び内容から観て、当該官署をして真正な文書と誤認せしめる可能性を有する文書であれば、私文書偽造罪を構成するものと解釈すべきであると信ずるから、弁護人の前記主張は当裁判所の採用しがたいところである。

法律に照すと被告人の判示所為中、第一の私文書偽造の点は刑法第百五十九条第一項に、同偽造私文書行使の点は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項第五十四条第一項前段に夫々該当し右私文書偽造と其の一括行使との間には手段結果の関係があるから、同法第五十四条第一項後段第十条に従つて、重い偽造私文書行使罪の刑に従い処断すべく、第二の業務上横領の所為は各刑法第二百五十三条に該当し、以上の偽造私文書行使罪及び業務上横領の各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから、第四十七条第十条に従つて最も重いと認める判示第二(三)の業務上横領の罪の刑に法定の加重をなし、其の所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、尚被告人の身分経歴其の他諸般の情状に鑑み同法第二十五条を適用して参年間右刑の執行を猶予し、判示第一の各保険申込書中判示偽造部分は同偽造行為に因り生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法第十九条を適用して之を没収し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条を適用して主文の通り定める。

本件公訴事実中

(一)  被告人が昭和二十五年一月三十一日須田郵便局において、行使の目的を以て、架空人である瀬田一成名義の契約者、被保険者、保険金受取人いづれも同人、住居福知山市本町通り、保険金額五万円なる保険申込書一通を偽造し、其の頃之を京都地方簡易保険局に提出行使したとの点については、犯罪の証明が十分でない。

(二)  昭和二十五年八月九日肩書の自宅において、情を知らない長男久寿に命じて、当時同村西山茂右衛門、同飯室明治郎から受取つていた、右両名が個人たる資格において、作成した「被告人に関する本件の処分について寛大な詮議を賜りたい」旨の郵政監察局に対する嘆願書二通の、西山茂右衛門の署名の上に京都府熊野郡川上村長と、飯室明治郎の署名の上に京都府熊野郡川上村村会議長と夫々擅に記入して右私文書二通の変造又は偽造を遂げたとの点については、次の理由により罪とならないものと認める。

即ち、被告人が右の通り西山茂右衛門、飯室明治郎から受取つていたところの同人等が個人たる資格において作成した右嘆願書二通の同人等の右各署名の上に、擅に右の如き公職名を記入したことは明かであるけれども、我が刑法の認める文書は公文書と私文書との二種であつて、其の区別は従来の判例の見解に従えば、公文書とは公務所又は公務員が其の名義を以つて其の職務権限において(所定の形式に従い)作成すべき文書を謂い、公法関係に於て作成せられると私法関係に於いて作成せられるとを問はない。

又私文書とは公文書以外の権利、義務又は事実証明に関する文書を謂うのである。従つて公務所又は公務員の名を以つて私文書を作成することはあり得ない訳である。飜つて本件の嘆願書について観るに、右文書は仮に西山茂右衛門、飯室明治郎が前記公職名を以つて之を作成したとしても、其の形式内容に照して、同人等が公務員である村長又は村会議長としての職務権限に基いて作成した文書とはいえないから、公文書ではなくて事実証明に関する私文書と謂うの外ない。そうだとするとその肩書に附せられた村長又は村会議長の公職名は法律上から云うと名義人の代理、代表資格即ち作成者としての職務権限を示すものではなくて、社会上の身分、地位、職業を表示する文字ということになる。然らば其の肩書に、このような身分、地位、職業の記載してない署名の上に、これ等の職名を附記する行為は、其の文書の内容を変更し或は全然新たな文書を作成する行為となるであろうか。新たな文書となり得ないことは上記説明に照して明かである。唯内容の点であるが附記せられた公職名の性質が上記の通りであるとすれば文書の内容即ち文書により表示せられた意思の内容に変更の生じないことは明かといえようから残る問題は内容に対する証明価値の変更である。西山茂右衛門が川上村長であり、飯室明治郎が同村の村会議長の職にあることを知らない者が右嘆願書を見た場合、単に西山茂右衛門、飯室明治郎と表示してあつただけでは何処の何者の書面か判然しないのであるから、文書の内容についても余り信用しないかも知れないが、其の肩書に村長なり村会議長の職名が表示してあれば通常其の示された地位身分職業によつて内容に対する信用度も高まるものと考えられる。しかし右両名の地位、身分、職業を知つている者が右文書を見た場合は、職名が表示されていると否とに拘らず信憑力は全然同一であるべき理である。或は公職名が附してあることにより公文書と誤信するものがあるかも知れないけれども左様な誤信は文書の形式、内容に鑑みて相当性がない。以上のように考察して来るとき唯単に相対的に文書の内容に対する証明価値を附加するに過ぎないような職業名を署名上に附記する行為は未だ文書の内容を変更する行為と謂えないと解すべきであるからである。

よつて右各訴因については刑事訴訟法第三百三十六条に従つて被告人に対し夫々無罪の言渡をなすべきである。

右の通り判決する。(昭和二六年三月二七日京都地方裁判所峯山支部)

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